情報252 千尼田 『蝦夷水沫 阿弖流為の叫び』 上下巻

 著者のペンネームの千尼田はアイヌ語で「夢」を意味する言葉。著者は1961年生まれで、高校時代にアテルイを知り、大学時代に本稿の執筆に着手し書名も筆名も決めたが中途で断念、平成20年に再着手し平成22年にようやく完成して出版に至った。上巻の帯に「蝦夷の盟主(大将)の阿弖流為は坂上田村麻呂の大軍を胆沢で迎え撃つ!蝦夷は山の掟を守り、狩猟の暮らしをしていた。そこに和人が大軍で押し寄せる。阿弖流為は故郷、胆沢を和人から守るべく立ち上がる。」と書かれている。蝦夷は狩猟の民で、大将はアイヌ語でシカリであり、和人との対決という小説の基本構図である。そして胆沢の合戦においては、延暦8年の最初の戦いは蝦夷側の大勝利、続く延暦十三年の戦いは史実を変え、和人の遠征軍が胆沢に踏み込まずに終ったとし、三回目の延暦二十一年の戦いを最終決戦として小説の中心に据えて描いている。上下巻の半分以上がその戦いの布陣、展開、戦闘シーンなどで占められていて、なかなかの迫力がある。最後に、阿弖流為が田村麻呂と和議交渉し上京を申し出、入京後には投獄され斬刑となるのだが、この経過は著者が最も考え抜いたという部分でもあり、説得力もある。達谷窟の悪路王伝説(姫待瀧伝説)に関連して鬘石や和人の姫をストーリーに登場させることも忘れていない。〔文芸社、2010年11月発行、上下巻3,150円〕