2005年(平成17)9月17日、奥州市水沢羽田町羽黒山頂に阿弖流為と母禮の慰霊碑(清水寺森清範貫主揮毫)が建立されました。
当会の会長であった及川洵氏(故人)の発案によるもので、地元の羽田町をはじめとする有志の方々が参集し、市内のアテルイ関係団体も支援して「阿弖流為母禮慰霊碑」建立実行委員会を結成して実現したものでした。
その後、毎年九月に慰霊祭を開催すべく、実行委員会を「阿弖流為・母禮を慰霊する会」に改称し、2019年(令和元)まで実施してきましたが、会員減少と高齢化により同会は解散、以後、慰霊祭は行われることなく2025年に建立20周年を迎えました。
当会も同じ問題を抱えていますが、慰霊碑建立と慰霊祭の開催には深く関わってきており、この節目となる年を逃しては碑建立の意義のみならず、碑の存在すら忘れられかねないという危機意識を共有し、微力ながら建碑20周年に<阿弖流為・母禮の慰霊祭>を開催すべく事業計画に組み入れ、実施しました。
開催日の9月17日は朝より雨で心配されましたが昼には晴れ、予定どおり慰霊碑前において午後二時に、阿弖流為と母禮に捧げる号砲二発を打ち上げて開式とし、先ず舞楽「蘭陵王の舞」(舞人・宮田ゆかり)を奉納しました。主催者挨拶の後、来賓の倉成淳奥州市長、菅原由和市議会議長(代読)のご祝辞をいただき続いて関西アテルイ・モレの会の佐藤耕吉会長よりの祝辞が披露されました。
慰霊祭は神事で、地元羽黒山の出羽神社古玉宮司により祝詞奏上の儀、玉串奉奠の儀など厳かに執り行われて閉式しました。
なお、9月20日(土)には慰霊碑建碑20周年特別企画として、奥州市まちなか交流館を会場に「アテルイ勉強会スペシャル」が開かれ、若者を中心に約40名が集まり、当会の安彦会長、奥州市埋文調査センター大堀秀人専門学芸員、Iwate, the Last Frontier共同代表の久保竜太氏を講師に、アテルイとエミシに関する思いなどを熱く語り合いました。
宮本拓海氏(31歳)が主宰する「アテルイ勉強会」は令和5年にスタート、「アテルイの魅力を解りやすく伝えていきたい」とのこと。



