2019年9月25日

情報296 読売新聞夕刊にアテルイ

読売新聞の5月28日(火曜日)大阪本社版(東京本社版)夕刊の企画「史書を訪ねて」に、『日本紀略』(国家の正史、六国史のダイジェスト版。平安後期成立。)から岩手県奥州市を訪ねて、アテルイを大きく取り上げた特集にしている。

『日本紀略』延暦21年(802年)の記事には、
「...夷大墓公阿弖利為、盤具公母禮等、種類五百餘人を率いて降る...」(四月十五日条)、
「造陸奥国胆沢城使坂上田村麿来たる。夷大墓公二人並びに従う」(七月十日条)、
「夷大墓公阿弖利為・盤具公母禮等を斬る。此の二虜は、並に奥地の賊首なり。二虜を斬る時、将軍等申して云ふ。此の度は願ひに任せて返し入れ、其の賊類を招かんと。而るに公卿執論して云ふ。野生獣心、反覆定まりなし。...奥地に放還するは、いふところの虎を養い患を遺すなり。即ち両虜を捉へ河内国椙山に斬る。」(八月十三日条)とある。

現地を案内した安彦公一氏(当会副会長)が「蝦夷は逆賊として扱われていたが、地元では1980年代から世間の認識を変える取り組みをしてきた。
日本の歴史の中で中央に勝ったのはアテルイだけ。
小説やテレビドラマ、歌舞伎にもなり、今や東北のヒーローです。」と話している。

また岩手大学・樋口知志教授の、「政権側はアテルイ処刑後、融和政策に転換した」等の解説文も掲載している。

ページの上に戻る

2019年9月25日

情報295 ユーチューブ大学でアテルイ

5月23日、オリエンタルラジオ中田敦彦のYouTubuチャンネルに、アテルイの画像を使用したいとの申し込みがあり、提供した。

中田敦彦のYuoTubu大学エクストリーム授業、日本史編第2弾「原始~古代」を中田氏が解説するなかでアテルイのエピソードを紹介、そこでアテルイの画像が使用された。
蝦夷のこと、アテルイと坂上田村麻呂のことなど、わかりやすく的確な解説だった。
すでに597,521回の視聴があり、人気の動画になっているようだ。

アテルイのエピソードが紹介された動画はこちら

ページの上に戻る

2019年9月25日

情報294 アテルイの講談と講演

2月9日、「アテルイ歴史・物語」講談・講演会が奥州市水沢の市文化会館展示室を会場に開催された。
市民約120人が来場、歴史講談サークル奥州衣川青凛会員でアマチュア講談師の佐藤もとさんがアテルイが朝廷軍を打ち破った史実を物語にした講談「巣伏の戦い」を披露。
胆江日日新聞社の安彦公一取締役主筆が「アテルイ~その歴史と伝説~」と題して講演した。

主催したアテルイ歴史の里振興会の森岡誠会長は、「アテルイに由来すると言われるの地名、巣伏の戦い跡という歴史的な場所が地元にある。
アテルイの歴史を共有しながら楽しい時間を過ごしたい」と呼び掛けていた(胆江日日新聞記事より)。

ページの上に戻る

2019年9月25日

情報293 胆沢城跡歴史公園にアテルイ

胆沢城跡歴史公園が6月29日オープンした。
胆沢城は平安初期の802年(延暦21年)に坂上田村麻呂によって造られ、アテルイとモレが500余名の仲間を率いて降伏(旧暦4月15日)したのも造営中の胆沢城であったと考えられている。

胆沢城跡は、岩手県奥州市水沢の佐倉河地区にあり、一辺約670メートルの土塀で囲む外郭と内部には一辺約90メートルで区画された政庁などがある。1922年(大正11年)に国史跡指定を受けている。

今回オープンした公園は、約46万平方メートルにもおよぶ城跡全体の中央南端に位置、城の正門にあたる「外郭南門」の周辺約1万3400平方メートルの敷地に整備したもの。
2011年度から整備事業を開始し、高さ約5.4メートル、長さは東西に各15メートルの「築地」や門に続く幅12メートルの「南大路」などを復元した。

また建造物などの再現CGを現在の風景に重ねて映し出す拡張現実(AR)や仮想現実(VR)技術を導入、郷土の歴史が体感できるようにした。
スマートフォンなどに専用アプリ〔AR胆沢城〕をダウンロードすると、画面上に外郭南門が実物大で出現、アテルイや坂上田村麻呂が現れたり、城に関するクイズに挑戦できるなど、楽しみながら古代東北の歴史が学べる。
スマホ画面に映し出されるアテルイのイラストとバーチャル記念撮影もできるとのこと。

開園行事では、アテルイに扮した岩手県陸前高田市出身の俳優村上弘明さんの一人芝居とトークショーや地元の佐倉河小学校児童による合唱も行われた。
また会場では地元の佐倉河振興会が開発したオリジナル缶バッジ(アテルイや田村麻呂など)が特別販売された。

ページの上に戻る