情報228 読売新聞岩手版『蘇る東北史 第一部古代編』

 第10回(20年10月12日)が「英雄阿弖流為の登場」。大軍を迎え撃つ蝦夷軍が伏兵で政府軍を返り討ちにした胆沢の戦い(789年)を分かりやすい図で示す。第11回(20年10月27日)が「征討軍撃退の代償 襲われた阿弖流為の村」。奥州市跡呂井地区にある岩手県最大級の古代集落跡「杉の堂・熊之堂遺跡群」で、奈良時代後半の竪穴住居約60棟が出土、そのほとんどが焼失し、しかも同じ場所で建て直してはまた燃やされるということを2、3回繰り返していた。戦争の爪痕。第12回(20年11月16日)が「「征夷」将軍の登場」。終戦は訪れなかった。坂上田村麻呂は三年かけ軍備増強と懐柔を進め、794年再び激突した。蝦夷側は75もの村落を焼き尽くされ、457人が戦死した。阿弖流為は瀬戸際に追い込まれた。第13回(20年11月30日)が「軍神田村麻呂の経済戦 阿弖流為屈服させた力」。近年の考古学研究から浮かぶのは武力より経済戦で阿弖流為に対した田村麻呂の意外な一面だという。当時の技術の粋を集めた寺院などを「見せつける」ことで屈服させるものだったと考えられるという。