情報199 AKURO<悪路>

 TSミュージカルファンデーションのオリジナルミュージカル「AKURO<悪路>」(2006年文化庁芸術祭参加予定)が平成18年10月19日から29日までサンシャイン劇場で上演された。企画・演出・振付は日本で唯一の女性ミュージカル演出家で、第20回菊田一夫演劇賞を受賞している謝珠栄(しゃたまえ)。今回の新作では、アテルイが治めた蝦夷の地に、故郷をこよなく愛し故郷を守るために立ち上がる若者たちを息づかせた。キャストは坂元健児、吉野圭吾、彩輝なお、他。大和朝廷はなぜ蝦夷を討たなければならなかったのか。それは、民衆を「情報操作」するためにわかりやすい「悪役」が必要だったからではないか、という視点でこの物語は書かれている。また、企画意図には、「創られたヒーロー・アテルイ」、「権力の哀しい道化師・坂上田村麻呂・・・そして心から美しい故郷を愛した、歴史に名前の残らない本当のヒーローたち」とも紹介されている。
 実際のストーリーは、延暦21年にアテルイが降伏・斬首された2年後に始まる。平定した蝦夷を監督するため都から若き軍人・安倍高麿(坂元健児)が胆沢城に赴任し、敬愛する田村麻呂から蝦夷の隠れ里「鉄の谷」の探索を極秘に命ぜられる。任務遂行に勇む高麿は"謎の若者"(吉野圭吾)に導かれ目的の地にたどり着くが、そこで待ち受けていたのは大和による侵略で無惨なまでに虐げられ続けた蝦夷が語る衝撃的真実だった。蝦夷の男たちや大和に連れ去られた過去を持つ盲目の蝦夷の女アケシ(彩輝なお)らと交わるうち、高麿はこれまで信じて疑わなかった勧善懲悪の歴史と、真実のそれとには恐ろしいほどの隔たりがあることに気づく。ついに高麿は蝦夷と共に立ち上がるが、田村麻呂によって皆殺しにされてしまうのである。企画した謝珠栄は言う。「しかし、この物語の結末は決して悲劇ではない。私には、高麿とアケシの間に生まれた子供が、藤原清衡の祖父・安倍頼良につながっていくという夢もあり、二人の「架け橋」は見事に未来の新しい世界を作った」と。
 この舞台でアテルイ(吉野圭吾)は、都に連行され奴隷にされている蝦夷を救うために降伏するものの、欺かれ殺されたという設定だが、登場する"謎の若者"とは若かりし頃のアテルイであり、アテルイの思いを引き継ぐ霊のような存在。アテルイは生前、皆が共に手を取り合って生きていく世の中を夢見ていて、その夢を少しでも叶えてくれる存在と見込んだ高麿を"謎の若者"の姿で導いていくのである。劇団わらび座のミュージカル「北の耀星アテルイ」、劇団★新感線の市川染五郎主演「アテルイ」、に続く良質な舞台作品である。