情報98 宮野英夫著『えみし風聞 ~史書の余白から 』(熊谷印刷)

本書は「歴史小説と歴史入門の中間に位置するジャンルに挑戦」したものであるという。後半の「日高見五流 阿弖流為・外伝」「征旗を北に 紀朝臣古佐美・外伝」「怨霊の都 坂上田村麻呂・外伝」がアテルイに関わる内容になっている。著者は『日本紀略』などの記事を分析して歴史的推理を行う一方、ユニークな視点から自在に叙述を進めており、随所に興味深い内容がみられる。ただ、疑問となる部分もあり、以下、「今までの歴史家が誰一人として言及していなかった」(序文)という内容のひとつを取り上げておく。
 それは、『日本紀略』の「延暦二十一年四月十五日と七月十日の条、言うなれば阿弖流為と直接に関わりのある時に限って、田村麻呂の肩書から全ての官位が外されて<造陸奥国胆沢城使>だけになる」ことに着眼した分析である。これは単なる偶然ではなく何かの作為が働いていると見て、その理由を、アテルイを処断した「天皇の背信」を公にしないため、「助命の約束は造陸奥国胆沢城使の<口約>であって、朝廷の<公約>ではない、と言うための伏線を用意した」のではないか等というのである。『朝日新聞』の書評(4月8日)もこの推理を第一に取り上げて紹介している。しかし、著者は四月十五日条について、原本である『日本後紀』から抜粋された『日本紀略』の同記事だけを見て、『類聚国史』の同日条のほうは見ていないようである。それには、「造陸奥国胆沢城使陸奥出羽按察使従三位坂上大宿祢田村麻呂...(以下『紀略』の記事と同じ)」とあって、『紀略』の記事が田村麻呂の官位などを省略(下線部)して記載しただけであることがわかるのである。また、『紀略』に「大墓公阿弖利為」とあるのを、「阿弖流為の誤記と考えて間違いありません。」と簡単に断定しているのも、いかがかと思われる。